10:崎谷樹の忘我★

 今から抱かれるつもりで、並んで電車に乗っている。こんな時どんな顔をしたらいいのか、なんて、初心を装う意味も必要もないが誰かに聞けるものなら聞かせてほしい。

 もちろん、男同士のセックスで身体を繋げること、挿入をしなければいけないって訳じゃない。諸々の問題もあるし、そこまでしなくても反応がわかりやすい器官が双方についているし、宮代さんにそれを求めるのはどうしようもない不調を責めるようで気が咎めていた。
 でも最近は勃つは勃つ、俺に興奮、はしてくれて、むしろ熱心に俺の身体を弄ってくれるものだから俺ばかりがくされて――。

 宮代さんを、繋ぎとめたい。どんどん欲張りになってしまう心の奥が俺を唆す。身体で篭絡できるほどの自信なんか、ほんとは全くない。自分の身体すら思ってもみなかったところで快感を得てしまって把握できていないのに、宮代さんが快楽にハマって俺を手放さなくなる、なんて夢物語もいいところだ。

「……崎谷くん、お腹は空いてる?」
「あんまり……それどころじゃない、っていうか……」
「そう。……じゃあ、悪いけど後回し、作り置きで」

 あんまりもう、余裕がない。

 電車の中、という場所柄ボリュームは抑えられているものの、俺以外誰にも聞かせたくないような声音で宮代さんは言う。思わず吊り革を掴む腕で隠した顔を覗き込むと、くっきり赤く染まった耳が俺の側に回ってくる。俺から赤面を隠してもほかの乗客には見えてしまうだろうに。可笑しくなって、揺れを利用して距離を詰める。このくらいならまだ、連れ立って電車に乗った男二人としてアリかというぎりぎりの立ち位置だ。びく、と身体を跳ねさせた宮代さんは、持ちこたえて踏みとどまり、吊り革を握り直した。

 あとひと駅、俺だって余裕なんかない。

◇◇◇◇◇

「スーツはかけとくよ。
 着替えも出しておくから先にシャワーどうぞ」

 宮代さんは家に着くなりてきぱきと世話を焼いてくれる。さりげなく素早く荷物を取り上げてくれ、タオルを取り出して俺に手渡し、エアコンの電源を入れ……無駄のない動き、最小範囲の動線なのは別に何も悪い事じゃない。
 でも、全然俺を見てくれないのはどうして。やっぱり無理を言ってしまったんだろうか。抱いてほしい、とまで言われるのはプレッシャーだったのか。

「……あの、やっぱり俺、帰りましょうか」
「なんで!?
 おれ、何かしちゃった?
 いや、そりゃ不審は不審だっただろうな、ごめんね。
 だけど……これでも必死に耐えてて……」

 勢いよく振り向いた顔は真っ赤で、俺を欲しがっていると一目でわかる。たまらない気持ちになり厚い身体に飛びついた。

「必死に耐えてる、んだよ……!」
「耐える必要ない、って言いたいけど準備があるので
 もう少しだけ待ってください。
 あとローションを、入れてくるんで……」
「そ、れは、おれがしたい。
 いつか許してくれるなら、準備から全部したい」

 それは、結構ハードルが高いな……。たぶんこの口振りは『準備』の意味するところは把握した上で、のご要望なんだろうけどそれこそ「なんで!?」と言いたい。宮代さんに潜んでいるSっ気の表れなんだろうか。

「今日は、ダメです。
 フリとかじゃなくて、絶対ダメですよ」

 とても、本当に残念そうな顔を見せられると「一緒に入りますか」などと言ってしまいそうになるが、今日は、最初は絶対にダメだ。

「じゃ、じゃあ入ってきます!」
「ごゆっくり、覗かないから安心して」
「……絶対ですよ」

 耐えている、の表れか、困ったような薄赤い顔で笑う宮代さんの唇を掠めて、反応は見ずに浴室へ駆け込んだ。

◇◇◇◇◇

「みやし、善爾さん、電気……」
「……うん……」
「んっ……明るいのがいいんですか?」
「ん、顔見てしたい」

 顔だけじゃなくて、身体じゅう見せて。

 折角貸してくれた着替えをキスの合間に手早くはぎ取って、俺は早くも下着一枚でそっとベッドに押し倒される。恥ずかしい、ような気もするけど、とろりと熱を帯び濡れて光る目で舐めるように俺を見る宮代さんが楽しいなら構わない。頷いてみせると、失礼な例えで申し訳ないが『待て』を解かれた犬のようにむしゃぶりつかれる。

「あ……っ、や、んんっ」
「崎谷くんからうちの匂いがするの、いいなあ」

 首筋で鼻を鳴らし、唇だけで甘噛みされる。背筋にちりちりと痺れが走り出すのを追いかけるように背骨を辿られて、たまらず頭を抱きこんでしまう。もっとのしかかって、潰して、俺を好きに扱って。そう思うのに、横たえられたところから浮かせるように引き揚げられ、這わされ降りていく唇が思わせぶりに辿り着いた乳首をなぶる。
 すっかり好きなところだとバレてしまった乳首を口で思う様弄られながら、下着に手をかけられた。ゆっくりと引きおろされ、既に芯を持った性器が飛び出してくるのが、明るい中全部見えている。

「崎谷くん、脚、閉じちゃダメだよ」
「いや、あの、宮代さん、もうちょっと暗くしてほしい……」
「やだ。……恥ずかしい……?」

 下着を脚の途中にひっかけて、内腿を促す動きで撫でながら宮代さんが至近距離で囁く。とても楽しそうな、少し意地悪なその笑みは怖い、が、勢いよく何度も頷く。恥ずかしいに決まっている。

「気にならないくらいくするから、我慢して」
「は……っん、んんっ!」

 反論をキスで塞ぐというずるい手を使って、宮代さんは俺の脚を開かせ下着を取り去った。俺のサイズで買っておいてくれたそれを無造作に放り投げ、手の届くところに置いてあったボトルを手に取る。

「じゃあ……指、挿入いれるね」
「な、慣れてるので、そんなに面倒かけない、です」
「……それなら、全部見せて、おれに教えて?」

 崎谷くんが、何処をどうされたらイイのか、全部。

「ん……っ!」

 言いながら手のひらでローションを温めて、たっぷりすくい取って挿入はいってくる指は俺のよりだいぶ太い気がする。ぬるぬると内壁を辿るように緩やかに動かす指と、再び乳首に戻ってくる唇。そういえば、俺を抱く相手が解してくれることなんて今までなかった。自分の指じゃないときどうなるか、俺は知らない。

「崎谷くん、大丈夫……? 辛くない?」
「あ……っ、んっ、んっ、だ、いじょうぶ」

 アナルセックスに慣れている、からって宮代さんの指に慣れている訳じゃない。辛い、痛いとは違う、優しく丁寧だからこそのもどかしさに動悸が激しくなる。

「もう一本、もうちょっと、奥まで……」
「ん、わかった」

 ローションを足して、指二本がゆっくりと挿入はいってくる。まだ、物足りない。もっと太いもので押しひろげられたい――そう思った俺への罰のように、指先が過敏なところに届いた。火花が散るような快感に反射で腰が跳ねる。

「よかった、前立腺、ココだね?」
「あぅっ……っ!
 あっ、や、やだ、指でイくの、やだっ」

 目が眩むほどくても、もう俺一人じゃ嫌なんだ。必死に身を起こし、粘性の水音を立てながら抜き差しされる指から逃れようとした結果、さらに深く咥え込むことになってしまう。

「やだ、やなんです、みやしろさんのでイきたい、
 ひとりじゃ、もうやだ……」

 押しのけたいのか、しがみつきたいのかも分からなくなりながらまた泣けてくる。思えば宮代さんの前ではしょっちゅう泣いてしまっている。駄々をこねる子どものようで、我ながらこんなめんどくさいのを抱いてくれなんて、面倒かけないどころかとんだお荷物じゃないか。

「崎谷くん、泣かないで……って言うところだろうけど
 顔、見せて」
「……え……」
「おれ、たぶんね、しっかりしててかっこよくて、
 なんでも出来るような崎谷くんが
 おれの前では泣いてくれる……それが一番、クるんだ」

 ちゅぽ、と音を立てて指を引き抜き、べろりと涙を舐めとって宮代さんは興奮を隠しもしない顔でそう言って笑う。焦点が合うぎりぎりの距離で目を覗き込まれ、手を下肢に導かれた。

「こんなの、ほんとに大丈夫?
 逆に、また途中でヘタレるかも」
「……ずっと、待ってた。
 俺のナカ、この形にしてください」

 固く勃ち上がり、きれいに割れた腹筋に影を落とす宮代さんの性器に指を這わせる。手で、口で、何度も愛撫して知っているソレの大きさで俺を満たしてほしい。

「あ……っ、ダメ、さきやくん、温存させて、
 すぐ着けるから、待って……!」
「はい……善爾さん、来て……」

 深呼吸ひとつ、混乱をどうにか抑えて思い出したように名前を呼んで、恥ずかしさもねじ伏せて脚を開く。溢れたローションが会陰を伝う感覚と中の余韻に、閉じて隠したがる無意識の動きを自分の手で留めていると、そっと大きな手を重ねられた。
 見上げた先に泣き笑いのような顔。近づいてくる意図を察して目を閉じ口を薄く開く。ちゅ、ちゅっと軽く音を立てながら吸われ、舌が差し入れられると同時に熱い昂ぶりが窄まりに押しあてられた。

 早く来て、俺を侵して、満たして。

「ぅ、あ、あぁっ、ん、んむ、んっ、んんんっ」

 激しいキスとじりじりほんの少しづつナカを押しひろげ挿入はいってくる宮代さんに血管がオーバーヒートしてしまいそうだ。脚を開いている手はいつの間にか宮代さんのだけ、俺の両手は背中に回すよう誘導され、必死にしがみついている。
 大きくて、熱くて、固くて……やっと、俺のナカに宮代さんが。嬉しい。もっと奥まで暴いてほしい。

「は、あっ……さきやくん、脚、こっち……」

 ゆるやかながら有無を言わせず、屈めた肩に脚を乗せられ一段と深く腰を進められる。ぐっ、とえぐられて、解放されていた口から止めようなく高い声を上げて、気付けば俺は射精していた。

「うっ、あ……っ! すごい、ナカ動いて」
「はぁっ、は……ん、あっ、あぁっ、ダメ、
 今は、さわらないで……っ」

 おかしい。イったばかりなのに身体じゅうどこを触られてもおかしくなる。深々と刺さった宮代さんの、強く感じる鼓動のたびに弾ける火花。ぼろぼろと涙が流れ、それを舐めとる宮代さんの身動ぎにも小さな電流が駆け抜ける。息が上がっているのか喘ぎ声なのかそれすらも分からなくなって、魚のように身体を跳ねさせる繰り返しだ。

「きもち、いいの……?」
「あっ、あぁっ、あ、んっ、わ、かんない、
 こわい、こんなの、しらない」

 ぐっと抱き寄せられて、あやすような、なだめるようなキスが顔中に降ってくる。背中を大きな手で撫でられて、それすらぞくぞくと快感に変換されながらも少しづつ安心が戻ってくる。

 宮代さんはちゃんと気持ちいいだろうか。

 埋め込まれた熱い塊はそのまま脈を打って、眉をひそめた宮代さんの額に、首筋に汗が伝っている。俺がこんなだから、動くに動けないまま我慢しているのかもしれない。大きく開いて投げ出していた脚を背中に回して恐る恐る腰を揺らす。

「ね、もうだいじょうぶ、
 動いて、奥まで突いてくださ……」
「う……っ、あ、もう……っ!
 後でなんでもお詫びはするからっ!」

 言うなり大きく腰を引き内壁を擦って抜かれる動き、間髪を入れず突き入れられる動き。緩急をつけて抽挿を繰り返し、手は余って揺れる俺のを扱いて、声ひとつ漏らせないほど唇を貪って、宮代さんは俺を食らいつくそうとしている。
 ベッドの軋む音も、水音も、肉のぶつかる音も熱くなった耳には遠く微かなものになっていく。身体を穿つ熱がもたらす電流だけが絶え間なく全身を駆け巡って、自分がどうなっているのかも見失ったまま熱い奔流をナカに感じ、俺は小さな死へゆるやかに落ちていった。

◇◇◇◇◇

「……起きた?
 ごめんね、結局暴走して、無理させちゃって……」

 目を開けるとすぐそばに宮代さんの困ったような笑顔。髪がかかっていたのだろうか、額の辺りに手をのばしてそっとかきあげてくれる。

「……ぁ、んっ!」

 な、んだこれ……!
 宮代さんの手が辿った軌跡に甘い痺れが走る。かけてくれていた布団、シーツ、肌に触れるもの全てが夜の名残の埋火をかき立てて、声が抑えられない。

「や、ちが、ぁ、あ……っ、は、ぁ……っ」
「ど、どうしたの、具合、悪い!?」

 具合が悪いんじゃない、これは、たぶんすぎておかしくなってる。必死で首を振る動きで顔に当たる髪にすら感じてしまって、ナカが奥が喪失感にひくついているのがまざまざと分かる。こんなの都市伝説だと思ってたのに。

「みやしろさん……っ、俺、イキっぱなしで戻れてない……」
「ええっ!?」

 状況を伝える声も思いの外枯れていて、どれほど夢中だったのかと顔が熱くなる。

「どうしよう、声……イキっぱなし……
 おれ、何か出来ることある? 水飲む?」

 真っ青になっている宮代さんを見ていると、思考はだんだん冷静になってきた。水はほしい、便乗してしてほしいことも思いつく。

「飲ませてください……口移しで」
「ぅえっ!? ぬるくなっちゃうよ……」

 青ざめた顔を一気に赤らめて、反論しつつも律儀に口移しで飲ませてくれる宮代さんにまた喘いでしまう。

「んっ、は、あん……っ」
「その、一回射精したらいいのかな」
「は、ぁっ……前じゃたぶん……っ、ダメなんです……っ」
「そっかあ~……!
 んんん、ほんっとごめん、
 初めてをこんな使い方ことで申し訳ないんだけど」

 崎谷くん、今日は有休をとって下さい。

 急に大真面目な、センター長の顔になって宮代さんは言った。

「ゆう、きゅうですか……? あ、あぁ、そうか、
 試用期間終わって、正式採用になって、
 からの面談だった!」

 気付いて勢いよく身を起こし、また走った快感の電流に撃沈する。

「今日は一日うちに居て。
 あとで会社から届の書式を送るから返信で提出してね」

 子どもにするような額へのキスで身を離し、宮代さんは申し訳なさそうに「昨日の今日で、那須さんにボコボコにされるかもしれないなあ」と笑った。

「や……っ、あ、だいじょうぶ、なんとか収めて……」
「そんなかわいい顔、うち以外のどこでも見せないで。
 ……今日だけはおれだけの崎谷くんでいてほしい」

 そんなの、今日だけじゃなくてずっとだ。

 ばかになった涙腺からまたあふれそうな涙を隠したくて、俺は穏便に離れていこうとしていた宮代さんの首っ玉にかじりつき、舌をねじ込むようなキスをした。