06.儀式の支度★

※作中で使用している香油は「現実に存在する肌、粘膜へ使用できない花から抽出した成分が含まれるアロマオイルをモデルに想像した架空のアイテム」としてお読み頂ければ有難いです※

 揺らめくろうそくの炎に照らされた箱の中身を前に、キリとカナンはふたりして黙り込む。昼間ガラムはできる限りの説明を尽くしてくれたのだ、と今なら分かる。何処か気落ちしている風だったところに申し訳ないことをしてしまったな、とキリは胸を痛めた。かつてガラムもこの道具を使ったのだろうか、と、想像を巡らすことすら躊躇われる。

「……おれ、これ使わなきゃいけないんだな……」
「……うん……」
「5本あるんだけど、一本何日間使えばいいんだ?
 間に合うかな……?」
「……俺のは、たぶん3本目ほどはないくらいだ」

 今まで儀式について思い描いていたものが如何に現実味のない空想だったかを思い知る。ふたりの間に並んだ準備のための道具――あからさまに男性器を模し段階的に質量を増した形状の、魔女の尻の穴をほぐす張形5本に圧倒され、ようやく仮宮での共寝に戻ったというのにふたりの距離は開いている。

「3本目、って、そうなのか?
 や、でもそれ、普段の話だろ」
「あー……そう、だな。
 その……った時のは、分からない」

 改めて、魔女であるカナンに多大な負担を強いる儀式なのだ、とキリは唇を噛んだ。役割が定まる前は少し楽しみですらあった儀式が、今はもう恐ろしい。腹の底に凝る強い衝動、カナンの身体を貪り好きに扱って欲を満たしたがる飢えた獣を自覚した今、性の気配はキリにとって遠ざけたいものでしかない。しかし儀式までの残り時間を思えば、そんな悠長なことを言ってもいられないのだ。キリは焦りを覚えた。

「おい、キリ! また変な顔して……
 なんか余計な事考えてるだろ」
「余計な、事じゃない」
「あのさあ……気にし過ぎんなって言っただろ。
 張形こんなのはちょっとビビるけど、
 おまえとは、したいから。何とかするさ」

 禍々しい、とすら感じる張形を間に置いたまま、カナンはキリの頬に手を伸ばしてくる。撫でまわし、つまんで引っぱり上げるのは「笑え」ということなのか。好き放題にいじくるカナンの手に手を重ね、キリは顔をすり寄せた。自分がこの道具を使って身体を拓くのであれば、これほど恐れることはなかっただろうに。替われるものなら替わってやりたい。

「あー……、じゃあ、さ。
 張形これ、キリがおれに使ってよ。
 儀式まではちんこ挿入いれちゃだめ、
 とは言われたけど、これなら大丈夫だろ」

 一番はじめは、道具じゃなくてキリの指がいいしさ。
 笑ってみせる顔にどうしても強がりを感じてしまう。キリはたまらずカナンを引き寄せ、抱きしめた。

「……俺が、魔女だったらよかったのに。
 お前を身体の中まで受け入れて、それから……」
「キリ、それだ!!」

 腕の中のカナンが唐突に大声を出し顔を勢いよく上げたものを辛くも避け、キリは「それって何」と問い返した。カナンは満面の笑みを浮かべ、両手でキリの顔を挟んで固定し唇にかじりついてきた。べろりと唇をひと舐めし、音を立てて吸いついて離れる。キリは目を白黒するばかりだ。

「儀式は、陰だか陽だか調和がどうとかっつって
 おれが魔女でおまえが聖獣、で済ませるだろ?
 これでなんか一旦、平たい……いい具合になる」

 カナンが手振りを交え、熱弁を振るう。まだその意図が見えてこないキリは大人しく静聴する他ない。

「んで、儀式のあとは、別にどっちがどう……
 挿入いれるのは、その時々でいいんじゃん?
 おれがキリに挿入いれたってよくない?」
「そう、なのか……?」

 いい、のだろうか。カナンが言うなら、とは思うものの、考えが捕らわれていた儀式での交わりの、その後のことに急には切り替えが難しい。そもそもカナンは、儀式から離れた時にこの身体に興奮し、性交したい、挿入いれる側になりたいと思うのだろうか、とキリは困惑する。

「カナンは、俺に挿入いれたい……?」
「そこからかよ!?
 選定の儀こないだまでは
 どっち側でも想像してちんこいじってたっつの!
 儀式関係なしに、キリとしたい」

 視線を噛み合わせて言い切るカナンの虹彩が色濃くなったように見えキリは瞬いた。儀式関係なしに、自分もそうだろうか。定まった役割から離れてカナンと身体を交わす――カナンの熱で穿たれ、貪られるなら、それはキリにとって悦びでしかないように思えた。

「キリ、今想像して、ちょっと興奮しただろ」
「ん……見て分かる、のか」
「目の色が変わった。
 それから、ちょっとどきどきしてる」
「うん。
 カナン、俺も、儀式じゃなくてカナンとしたい」

 口にすると、このところ自分が悩んでいたのは何だったのか、という気持ちが湧いてくる。キリはカナンを引き寄せ、そっと顔のあちこちに唇を落とした。言葉で謝るよりそのほうがいい、この場にふさわしいように感じたからだ。額を軽くぶつけ、鼻をすり合わせ、目を覗き込む。カナンの魔女の虹彩に自分の聖獣の虹彩が映るその色合いに煽られて、キリはカナンの唇に舌を伸ばした。心得て口を開けるカナンと深く唇を合わせ、そのまま仰向けに横たわる。カナンの身体を上に乗せ、お互い舌を絡めながら兆し始めた下肢を押し当てるのにたまらなく興奮する。

「ん……っ、ふ、ぁあ、ん、む……」
「んんっ、あ……ん、キリ……
 なあ、おれにされたいこと、おれにしてよ。
 キリにされるなら、何だって気持ちいいんだ」
「カナン……」

 言葉の通り、キリがカナンの長い髪を指で梳けばカナンも応えて、耳の後ろからうなじへ、頭の形を辿るように指を這わせる。背中に回した手で背筋をなぞり、尻の丸みを包んでやわらかく揉むと、腰を引き寄せて浮かされ尾てい骨まで撫で回される。このまま昂ぶりを高めあって快感に浸りきってしまうと、本来しなければいけないことがおろそかになってしまう。キリは離れがたい気持ちを断ち切って間断なく噛み合わせ吸い合っていた唇をもぎ離した。

「あ、ん……っ、キリ、なんで」
「カナン、後ろ拡げるの、俺のも一緒にしてほしい」
「ぅえっ!? 一緒に、って」
「俺は張形あれを使うけど、お前は指で……
 俺の身体も、お前を迎えられるようにして」
「んん、あー……うん、そうだな。
 おれも、そのほうが怖くないな……」
「やっぱり、怖いのか」
「だって一番太いのとか、太すぎだろ……
 おれも指じゃだめ? だめだよな、分かってるけどさ」
「いくらなんでも俺のはあんなに太くない。
 全部を使わなくてもいいんじゃないか?」

 ふたり、こわごわと追いやられた張形を見やる。太いから怖い、のも勿論だが、ふたりが物心つく前に将来の儀式を見据えて一揃い作られたという、その『伝統』が重く恐ろしいのかもしれない。

「だよな~……
 まあビビッててもしゃーない、やるか!
 寝台いこうぜ」
「悪い、カナン。今日は支度を頼んでいいか。
 ……後ろ、ちゃんと洗ってくる」
「! ……うん、やっとく。……待ってる」

 次からは夜になる前に洗っておこう。キリは心に決めそそくさと水場へ向かう。この過程はまだ見せられない、と感じているが、慣れてくれば違うのだろうか。

◇◇◇◇◇

「うう、せっかく貯めた八重のジュプンが
 こんなことで減ってくなんて……」
「うん……カナン、儀式ほんばんまで用に
 八重じゃないのの香油も作っておく、のは」
「キリ、頭いいな! 明日からはそれでいこう」

 恐る恐る尻の穴の周囲に香油を塗り込めながらする会話でもないだろうが、今はまだ集中するのも気恥ずかしい。丸裸で寝台に上がり、立ちこめるジュプンの香りに酔うような感覚にじわじわと侵されながら、カナンとの常と変わらない応酬でキリはどうにか正気を保っている。

「う、んっ……キリ、どう……?」
「っ、あ……よく、わからない……
 へんな、かんじ」

 くるくると入り口付近を撫でていた人差し指をカナンがそっと進めてくるのに、キリはびくりと反応した。口や性器のように分かりやすい快感ではない。だが一方、痛い、苦しい訳ではないのだ。言葉にし難い感覚を理解してもらうには、と、キリは「俺も、指入れるな」と声をかけカナンと同じ人差し指を差し入れる。

「あ……っ、ん、たしかに、
 なんか、よくわかんないかんじ……っ」

 そう言いながらキリを弄る指が止まるカナンのほうが、中から受け取る感覚に敏感なのかもしれない。見る間に首まで薄赤く染まり呼吸が忙しなくなったカナンを案じて、キリは顔を覗き込んだ。

「や、だぁ……っ、顔、見んなよ……!」
「つらい、のか?」
「ちがう、キリ、あのな、続けてしてみて……」

 続けて、との言葉に応え、キリは慎重に指をより深く潜らせた。やわらかく温かい内壁に包まれて、指でカナンを感じる。ここからどうすればいいのか、自信はまるでないが香油の滑りを借りてぐるりと中を撫でてみる。

「あ、う……っ!」

 途端に身体を跳ねさせるカナンにキリは驚き、指を抜こうとしたものを阻まれる。キリの中を探ることをいったん諦め、カナンは自らに埋められたキリの指に加勢することにしたらしい。

「キリ、なんか、なぁ、さっきの、もっとして」
「さっきの、中でぐるっとするやつか?」
「ん……」

 言われるままに中で指を動かすと、カナンは鼻から抜けるような聞き慣れない声を出し、キリの手にすがった。見れば指を埋めたところの少し上で性器がちあがり滲みを覗かせている。くなってきている、んだろうか。キリは嬉しくなり、のしかかって自分の性器を擦り付けた。直接の刺激が作用してか、内壁が収縮し指を引き込むような動きを感じる。

「あっ、あん……っ! キリっ、おま、
 あとで同じ目にあわす……っ!」
「カナン、きもちいいか……?」
「前と後ろといっぺんに、で
 よくないわけあるか……っ!」

 涙目で喘ぎ交じりに声を荒らげるカナンに胸を絞られるような愛しさを覚え、キリは唇に吸い付いた。絡める舌に応えながらカナンはキリの首に腕を回し、ふたりの腹で挟んだ性器を擦り上げるように、後ろに挿入れられたキリの指を抜き挿しするように腰を揺らす。時折息継ぎで離れる唇の間から意味を為さなくなった声が零れ、汗とも先走りとも、それとも匂いたつ香油ともつかない液体を互いの身体に塗り広げながら、キリもカナンを追いかけるように昂っていった。

「あっ、あぁっ、キリ、だめ、
 このままイったら……っ」
「なんで、だめじゃないだろ……っ」
張形アレ! 今なら挿入はいるから……っ」

 カナンの必死の訴えに、キリはなんとか興奮を抑えそろそろと指を抜いて、枕許に置いた張形と香油を引き寄せた。指一本よりは太く、二本には満たない太さのそれに香油をまぶし、カナンに向き直る。絶頂が迫っているせいか短く忙しい呼吸で上気した胸を上下させるカナンは、脱力し勝手に閉じようとする脚を自ら抱え、キリに後孔を曝している。不随意にひくつくその窄まりに腹の底から湧き立つ不穏な熱を抑えようとキリは奥歯を噛みしめた。

「じゃあ、挿入れるな」
「ん……こわいから、くち、してて」
「見ながらじゃないと、余計怖いだろ」
「キリじゃないのが挿入はいってくるほうがこわい」

 そうは言っても、と入り口に先端を押し当てるところまでは目視で確認した上で、キリはカナンと唇を合わせながら手はじりじりと張形を進めていく。

「んん……っ、さっきはあんなにかったのに……」
「大丈夫、か? 一回抜くか?」
「や、耐えられないんじゃないし……
 このままでキリに指挿入れちゃる」
「ん、わかった」

 先刻カナンがしたように自分の脚を抱え、キリは後孔から勃起し露を滴らせる性器を露わにする。その様に舐めるような視線を這わせたカナンは性質たちの悪い笑みを浮かべた。興奮を滲ませたように虹彩の色は鮮やかさを増し、暗い中で濡れ濡れと光っている。

「キリ、おれの握ってて」
「ふ……っ、ん……
 指、もう挿入はいった……?」
「んー、もうちょっと進めてもいいか?」

 性器をキリに握らせて、カナンはゆるゆると腰を動かしながら指でキリの中を探ってくる。くち、くちゅと香油が湿った音を立てるたび居たたまれない気持ちになるキリは、カナンの指の感覚を追うことに意識を集中した。俺はこんな風にカナンの中を探っていたんだろうか?

「う、ぁ……っ、は、あっ」
「ごめん、おれほどいきなりくないんだな。
 ちんこ萎えちゃったし……」
「だい、じょうぶ。
 カナンは? 張形アレ、平気か……?」
「うん、キリの指みたくくはないけど、
 怖がるほどのもんじゃなかった」
「なら、よかった」

 せめて、と笑って見せたキリの何が契機になったのか、カナンは上気した顔を更に赤らめ、身体を密着させてくる。キリの手を開かせ、その中にキリ自身も加えた二人分の性器を握らせたカナンは上からぎごちない動きで擦り上げる。

「な、キリ、前も一緒なら……っ、
 あ、はぁっ、んんっ、イける、だろ……っ」
「う、あぁっ、ん、きもちいいっ、もっと……っ!」

 中を探られる煮え切らない感覚とは全く違う、性器同士が擦れる頭の芯まで痺れるほどの快感に翻弄され、キリは自分の身体がどうなっているのかも見失う。水音と喘ぎ、寝台の軋みが耳の中で膨れ上がって、目の前が白く弾け、全身が弛緩する。

「は……っ、はあっ、はっ……
 カナン、いつもより、すごい……」
「……キリ、後ろ、ひくひくしてる。
 ちょっとくなった……?」
「自分じゃ、よくわからない、けど。
 カナンがくしてくれるだろ……?」

 ずるり、と指を抜かれる感触に意図せず喘ぎをこぼしながらキリはカナンに抱きついた。これなら、自分も身の内を探られながらであれば、欲に駆られてカナンに無体を強いることなく身体を交わすことができそうだ。安心した途端に襲ってきた眠気に、キリは身を任せることにした。夜の始末は明るくなってから何とかすればいいだろう。