09.水辺の戯れ★

※恋愛感情に絡まない女性キャラクターが登場します※

「キリ、そっちどう? 八重ある?」
「ん……今のところない」
「たいがい取り尽くしちゃったんじゃないのか?
 八重ばっかり固まって生えててほしいよな」

 カナンはそう嘆き、投げやりに寝そべった。八重のジュプンを探して採集するのではなく、無作為に開花したジュプンを採集し八重のものを選り出すことにしたふたりだが作業は難航している。通常のジュプンを浸した香油は既に余剰生産気味で、ガラムに在庫として納めているものの「ジュプンばっかりこんなには要らないんだよな」と苦笑されるほどだ。一方八重を漬けている油の瓶はなかなか増やせず、後になるほど花の数があからさま減っている。これといって有効な打開策も出てこない。

「あのラダさん、八重のジュプンこれについて
 なんか言ってなかったのか?
 別に八重でなくてもいい、みたいな……」
「……いや、俺が聞くの忘れてたから何も」
「まー……香油について、なんてどうでもいいこと、
 聞ける雰囲気じゃなかったぽいもんな」

 理解を見せるカナンに、完全に失念していた自覚のあるキリは少し罪悪感を覚える。
 ラダとの話、街での出来事は、結局寝ずに待っていてくれたカナンにその日のうちにあらかた語って聞かせた。口を挟まず最後まで聞いていたカナンはぽつりと「やっぱり、一緒にいなきゃだめなんだ」とつぶやき、身を寄せて触れて吸うだけの口づけを交わした。
 ラダから後押ししてもらったようなものだ。香油もふんだんに使える状況で夜ごとお互いの身体を拓く営みは順調に進み、カナンは4本目の張形、キリは指3本をどうにか呑み込める段階に至っている。身体中に香油をまぶし戯れに弄りあった乳首でも快感を拾えるようになってきたこの頃、キリは日中何の気なしにさらされる自分とカナンの上半身の、乳首にばかり目が行ってしまうのを抑えるのに苦心していた。記憶に色濃く積み重ねられる、夜のことと常に共に在るジュプンの香りが興奮を助長する。はかばかしくない八重のジュプン探しから気が逸れて、キリは今欲情の兆しを拾ってしまっている。

「カナン。あの……
 川のほう、見に行かないか。
 条件が違えば八重になってたりするかもしれない」
「ええ~……
 今日はもう新しく採らなくていいんじゃね?」

 木陰に広げた敷き布の上でジュプンを選り分けるカナンの手に手を重ねて、キリは誘いをかけてみる。手元から目を離さないまま面倒そうに答えるカナンの、指の間に指を差し入れて顔を近づける。驚いて顔を上げたカナンは軽く目を瞠り、そしてにんまりと笑った。

「キリ、すげぇ目の色。
 川のほう行くって、ことか」
「ついで、っていうか、
 どうせ俺たちしか来ないだろうから……」
「言い訳なしで誘ってくれるほうが嬉しいのにさ」

 カナンは言うなり素早く唇を掠め、手早く敷き布にジュプンを包んで片付け立ち上がった。言い訳なしで……日の高いうちから淫らなことをしたい、と率直に口にするのは難しい。これでもだいぶ頑張ってみたのに、とキリは肩を落とした。

◇◇◇◇◇

 どうせ汗や精液にまみれるのだから、と丸裸になって浅いところで水に浸かり、互いの身体をまさぐりながら深い口づけを交わす。後ろに張形を呑み込んでいないからかカナンの手は夜より奔放で、キリは先に高められつつある身体の熱を止めることができない。

「あ……っ、カナン、まって、
 ん……っ、あっ、あぁっ、は、ぁ……!」
「キリ、きもちい?
 乳首ここ、固くなってる。舐めても、いいか?」

 いいか、と聞いておきながらキリの答えを待たず、カナンはしこった乳首にぬめぬめと舌を這わせ、唇で挟んで刺激を加える。思わせぶりに下半身を押し付けて腰を揺らしながらされるそれは、キリの身体の中の火花を弾けさせこらえ切れない喘ぎを零させる。
 ラダの教えを受けてから、キリは自分の身体、快感の受け取り方が敏感になった気がしている。ラダは性的な接触に限って言ったのではないだろうが「カナンと睦まじく過ごせば聖獣の衝動を抑えられる」と聞いたことで、キリの心の枷が外れたのかもしれない。乳首や内部なかを探られて生まれる快感はまともな思考を蕩けさせてしまうが、カナンに襲いかかり身の内に押し入って精をぶちまけたいという凶暴な欲も一緒に押し流してくれる。今の状態は少し中毒、依存症に近いのかもしれない、と、不意に少し強めに吸われひと際高い声を上げながらキリは思う。

「な、キリ、おれな、
 夜にはできないこと、今したい……っ」
「ん、ん……っ、挿入いれるのと、
 あと口でするの以外なら……」
「キリに挿入いれるのの練習……」

 そう言うとカナンはそっとキリの身体をひっくり返し、背中に口づけを落としながら近くの岩にすがらせた。顔が見えないのは落ち着かない。振り返ると鮮やかに虹彩をきらめかせたカナンが大きく口を開け、舌を伸ばしてくる。意図を汲み、真似をしたキリに満足そうに笑って、カナンは舌でキリの口内に押し入り探りだした。ぬるりと絡み合わされる舌、合わせた唇の隙間から伝う唾液に気を取られているうちに、後ろから熱い昂りを押し当てられ、キリは驚いて声を上げる。

「カナン……っ!」
「キリ、脚閉じて……
 おれのちんこでお前の擦るから、
 手で持ってて……」

 言いながらカナンは背中に覆いかぶさり、キリの脚の間から陰嚢、性器までを勃起で往復する。キリの手を取り、股間に誘導するその動きでカナンの考えを察し、キリはおずおずと手でふたり分の性器が収まるくらいの余裕を残した輪を作った。
 こんな動物の交尾みたいな姿勢を、恐ろしくてカナンに強いたりできないと思う。それなのにされるのは――背中に密着した胸から伝わるカナンの鼓動も、耳元で忙しなくなっていく吐息も、抽挿の真似事でふたりの身体がぶつかってたてる音も、何もかもが興奮を煽る材料となってキリを翻弄する。カナンを呼んでいるのか喘いでいるのか、声を出していることしかもう分からない。

「キリっ、い? きもちい?
 っ、あ、んん……おれも、こうしてほしいから……っ」

 腰の動きを早めながらカナンが囁く。後ろから回された手のひらで両方の乳首をいっぺんに転がされ、キリは声が音にならないほどの快感にのけぞった。思わず強く握ってしまったふたり分の性器から白濁が滴る。射精によって絶頂を迎え昂ぶりは引いていくはずなのに、内部なかのひくつく動きに気付いてキリはいたたまれない。弾んだ息を整えながらなんとか蠢きを鎮めようと身じろぎをする。

「あ、ぁ……んっ、カナン、いまさわるな……っ」
「やーだ。なあ、キリ、後ろさみしくない……?
 おれ、すごいひくひくしてる……」
「! だめ、今そこまで弄ったら……
 歩いて帰れなくなる……っ」
「えー……あー……うん……そだな……」
「カナン? こら、寝るなよ!」

 もたれかかって重みを預けてきたカナンに焦り、キリは肩を掴んで揺すった。肌に感じる水の冷たさが戻ってきたということは、身体から興奮の熱が去りつつあるのだろう。ここでちゃんと身を清め、帰らなくては、とキリはカナンに呼びかける。

「ほら、カナ、ん……っ」
「ん、む……、ん、は……っ」

 眠そうに見せていたのはふりだったことを隠しもしない、濃厚な口づけを一つ。離れ際に舌でキリの唇を横一文字に撫でてカナンは満足そうに笑った。

「じゃあ、今はここまで。続きは夜に、な?」
「……くそ、だましたな……!」
「だって口ならいいかと思ってさー。
 おれがしたいから、キリもしたいかと思って」

 あっけらかんと言い放つのに抗議する気も失せて、キリは軽く鼻をぶつけることで手打ちとした。少し日がかげり、裸が寒くなってきたのも大きい。帰ってもうちょっとは人間らしい文明の中で触れ合うほうが良いな。キリはそう判断し、手早く服を着戻した。

◇◇◇◇◇

「あら、キリちゃん、カナンちゃんも」

 誰とも行き会わないと思っていたところに声をかけられ、キリはカナンともどもぎくりと足を止めた。声の主はウタラ、島に残っているもう一人の女性である。身体が弱く、今は家で寝ていることが多いと聞いているが強い日差しを避けて散歩に出たのだろうか。子どもの頃から自分たちを知る者に、性的に高め合った直後顔を合わせるのはとても気まずい。何か察されるような気配が残ってはいないかとひやひやしてしまう。

「こんにちは、ウタラさん」
「ウタラさん、今日は具合いいの?
 なんか用事ならおれらで行ってこようか?」

 キリの邪心交じりの危惧とは大違いで、カナンはウタラに駆け寄りその身を案じている。カナンのこういうところが好きだ。目の前にいる人の様子に合わせて反射的に慮ること、何のてらいもなく手を差し伸べられるカナンが好きだ。胸を突かれるような感情にキリは奥歯を噛みしめ、カナンの後に続く。

「用事はね、キリちゃんを探していたの。
 カナンちゃんも一緒のほうがいいかもしれないわ」
「俺を……? ごめんなさい、探させてしまって」
「ううん、謝らないで。
 今ここで会えたのが一番都合が良かったの。
 島の人たちには知られると困るのよ」

 ウタラはそう言って微笑い、キリを手招きする。内緒話を耳打ちしたいのだ、と察して顔を寄せるキリに何故かカナンも追随してきた。ウタラの口振りからするとカナンが聞くのは構わないのだろうか。強く制されることもないなら良いのか、と拝聴の構えを取る。

「アイルがね、こっそり帰ってるの。
 私の家に泊ってるから、一緒に来てくれる?」

 母さんが!? と声を上げかけたキリの口を慌ててカナンがふさぎ「知られると困るって!」と強くたしなめる。うなずき、もう大声は出さない、と口をふさいだ手を叩くと、疑わしい目で一睨みした後カナンは手をどけた。一連のふたりを見てウタラはくすくすと笑う。

「あなたたちは、その目になっても全然変わらないのね。
 聖獣と魔女……決まってしまったら、
 それまでの仲は壊れてしまうのだと思っていたわ」
「……ガラム兄と、ラダさんのことですか」

 幾分かげりのある声のウタラにキリは問いかけた。ウタラはキリの母、アイルと同じくらいの年頃だったはず。聖獣と魔女、と言われて、思い出すのは先代のガラムとラダなのだろう。

「あら、ラダを知っているの?」
「はい。先週の水曜日、ガラム兄が街に
 連れて行ってくれて……色々話をしてくれました」
「そう……ラダが元気にしているなら良かったわ。
 私は、ラダの叔母なの。
 ラダが街に行って、私は島から動けなくて
 どうしているか知る術もないと思っていたけれど……」

 考え込むウタラにキリは少し慌て、カナンに目で救いを求める。カナンは呆れたようにキリを眺めてから、ウタラに優しい声をかけた。

「ウタラさん、その辺も聞きたいし
 ウタラさんお邪魔していいかな?
 キリの母ちゃんが帰ってきたのって
 儀式絡みで話がある、からだろ?」
「そうね、その方が良いわね。
 キリちゃん、カナンちゃん、今からすぐ
 ついてきてもらって大丈夫かしら?」
「はい、もちろん。お願いします」

 背を向けて歩き出したウタラの後を追いながら、選定の儀の支度中に長老の妻、ヒジョが語った言葉を思い出す。「キリが親と過ごす時間の引き換えに島を保てた」、ヒジョはそう言い、儀式が終わるまでは何も教えられない、と口を閉ざした。キリの父母は、つまり儀式、島のしきたりに反対して出ていかざるを得なかった……?
 憶測が頭を巡り、不安な顔を見せてしまったのだろうか。カナンがキリの顔を覗き込み、一瞬後に手をつないできた。少し冷たいその手を握り返す。
 もし母が儀式を止めるべく密かに帰ってきたのだとしても、キリとカナンの鮮やかな目を見ればもう止められないということは分かるはず。隣にカナンがいてくれるのだ。恐れすぎることなく久々に会える母との時間を楽しめばいい。キリは自分にそう言い聞かせた。