11.満月の夜・街(1)★

 おかしなことになってしまった。ガラム自身には何ら突飛な要素はないはずだが、行く先々で顔を合わせた強面の男たちがかしこまるせいで変な目立ち方をしてしまっている。夜遊びがてらのそぞろ歩きに見せかけたいのに、筋者の見回りそのものでは困るのだ。

「なあ、ちょっと」
「はいっ!」

 手を合わせて礼を執ってきた若者に声をかけると、飛び上がって上ずった返事が返ってくる。これではまた人目についてしまう、とガラムは人差し指を唇の前に持っていった。

「俺、なんでこんな扱いになってるんだ?
 こないだまでいきなり襲撃されたりしてたのに」
「その節はっ、大変申し訳なかった、と
 ジャレッド・ワンが申しておりましてっ!」

 初めて聞く名だが誰のことかは想像がつく。恐らくは街を裏で牛耳っている、ラダの隣で眠ることを許されていた男。彼にとってガラムは面白くない存在だろうに、何故こんな事態になるのか理解できない。手の込んだ嫌がらせのつもりなのだろうか?

「はあ……じゃその王氏に伝えといてよ。
 これじゃそのうち本業にも支障が出るから、
 挨拶してくれるならもっと普通にお願いします」
「は……っ、王には報告致しますっ!
 ……本業、は何をなさってるんですか?
 傭兵? 格闘家? ボディーガードってことも……」
「えぇ!? いや、俺は島から野菜や果物を
 運んできて納める仕事、ひと言で言ったら
 八百屋みたいなものだよ」
「八百屋!?
 それじゃ、大哥は八百屋に瞬殺だったって事スか!?」

 瞬殺、と言えるかどうかは個人の受け取り方次第だろう。ジャレッド・王は一体ガラムをどうしたいのか、大層話を盛って手下に語っているようだ。先日の襲撃者の腕前で「大哥」と呼ばれる立場ならこの組織の水準は推して知るべし、荒事を任せる人員を探しているのかもしれない。

「まあ、八百屋と同時に猛獣の飼育員
 みたいなこともやってきたから……。
 人相手の喧嘩しか知らない奴よりは、ってことで」
「!! す、げーっ!!
 え、まじで八百屋辞めてウチ来ないスか!
 オレ、もっと強くなりたいんス!」

 嘘にはならない程度の言い回しでキリとカナンの育児体験を表現したガラムに、青年は目を輝かせて喰いついてくる。面倒な方向に話が進みだした気配にガラムはそっと後ずさり「じゃあ、王氏と、あとあんたの周りにも伝えといてな」と逃げを打った。試すように喧嘩をふっかけられるのも面倒だが、親しく付き合うには裏がありそうな集団だ。一定の距離を保つに越したことはない。

 どうせなら、俺の腕よりジュプンの香油をお買い上げ頂きたいもんだ。

 儀式の余剰生産物としてキリとカナンがせっせと漬けたジュプンの香油は、現在山のような在庫となってガラムを悩ませている。この香りで俺は強くなった、などと吹聴して売りつければよかっただろうか。しかしそれでは完全に嘘つきだし、刺青の目立つ強面集団が甘く濃密な花の香りを漂わせて……などというのもぞっとしない。真面目に地道に売っていくしかないか、とガラムは考えることを放棄した。
 ラダとの待ち合わせの時間まで、まだもうしばらく。無理に心配事でも引っぱり出してこないと浮ついて仕方がないのだ。夜になり少し気温も下がっているというのに何処か火照ったような感覚を覚え、ガラムは無意味に手で顔を仰ぐ。雲の向こうのぼやけた満月はどことなし煽情的に見えた。

◇◇◇◇◇

「済まない、待たせた!」

 珍しく落ち着きのないラダの声でガラムは顔を上げた。どこに行っても妙な扱いを受ける街中に辟易し、カジノの裏口に佇んでぼんやりしていたガラムである。

「ん、待ってるのも……なんか、悪くなかったから」

 正直な気持ちだった。ガラムが待っているところにラダが駆けつけてくれる。年月だけは経てきたふたりだが、会いたかったという気持ちを自覚して、隠さないで向き合うのは初めてかもしれない。それが嬉しかった。

「すぐにうちでいいか?
 それとも、飲みにでもいこうか」
「ラダ、早くお前とふたりきりになりたい」

 街中はもうごめんだ、という思いで口にした言葉だったが、目を瞠るラダを見てどう受け取られたかを悟る。じわじわと赤みが広がる顔は恐らくガラムの鏡写しだ。違う、そういう意味じゃない、否定をしたほうがいいのかもしれない。だがそうしたくはなかった。そういう意味だと思ってくれるなら、そしてそれを許してくれるなら。ガラムはラダを見つめる。

「……私もだ」

 噛み合った視線を外し、染まった耳を見せてラダはガラムに背を向け歩き出す。ついて来い、の意味だろうと判断しガラムは後を追った。

 島の者以外にとっては数ある日のなかの一日でしかない満月は、しかしキリとカナンにとっては生涯ただ一度の儀式の当日だ。雲からわずかに光を覗かせる月を見上げ、ガラムはふたりを思う。今頃はもう聖獣と魔女としての交わりを……そこまで考えて、ガラムはひとり気まずくなり、足元に目を落とした。あのふたりが今しているのと同じことをしたい、なんて、どう切り出せばいいか分からない。身体の準備を済ませてきたとラダに伝えて、どんな顔をされるかが怖い。

「……ガラム」
「! な、何?」
「今夜はもう帰さない、と言っていいか?」

 いつの間にか着いていた家の前、階段を一段上がったところで振り返ってラダが言う。幾分出てきた風で雲が払われ、露わになった月の光を受けて微笑うラダにガラムは目を奪われた。言葉も出ないほど胸を衝かれ、子どものように頷くことしかできない。頷いて、俯いた顎にするりと手が入り込んでくる。そっと上向かされて、光を反射する目に捕らえられ、唇が重なった。

「……んっ……」
「キスは、初めてだな」

 ガラムとラダの間では、という意味だろう。巧みな手つきでガラムの顎から首筋、耳を辿り、顔を両手で包んでラダはどこか切実にキスを繰り返す。舌を伸ばしてガラムの唇を舐める様子は、確かに20年前には有り得なかった姿だ。

「は……っ、んん……っ! ラダ、家まで待てって!」
「待てない。一晩じゃ足りない。
 ずっと、君とキスをしたかった」
「こんな、他人に見られそうなとこじゃなくて……
 ふたりきりになりたい、って言っただろ」

 声をひそめてたしなめると、ラダはしぶしぶガラムを離し代わりのように手をつないで階段を上がり始めた。手をつなぐのも、抱きしめるのも、キスも。今までできなかったことを、ふたりでしたい。

◇◇◇◇◇

 後ろ手に扉を閉めるやいなやむしゃぶりつく、という勢いで再び唇を貪られ、ガラムは壁に背をつけて必死に体勢を保つ。交わされる唾液が口の端から溢れ伝うのをわかっていながら垂れるに任せ、ガラムもラダもお互いの口中を探るのに夢中になった。唇を噛み合わせたまま身体を弄りあって、隙間なく密着させた下肢を思わせぶりに揺らす。何もかもが儀式とは違う、睦み合う為の性行為はもう始まっている。

「な、ラダ、俺……後ろ、洗って準備してきた。
 儀式ぶりだから上手くできるか分かんねぇけど」
「! ガラム……」
「我を忘れると俺を呼んでた、って王氏に聞いた。
 今度こそほんとの俺の名前を呼んで……
 儀式じゃなくて、セッ、クスしたい」

 もう一生、誰かと身体を交わすことなどないと思っていた。他の誰にもそんな気になれないなら儀式の一度きりで充分だ、という気持ちは、ただ一人のラダを前に消え去っている。

「ガラム、私は……私だって君としたくてずっと……」

 しがみつくようにガラムに腕を回し、胸元に顔を埋めたラダが小声でつぶやく。

「ジャレッドが何を言ったか知らないが、
 君の代わりにしていた訳じゃない。
 だが……今私を抱いているのがガラムなら、と、
 くなるほどに思っていたのは事実だ」
「抱いて……、え、あれっ、お前」
「私だって、君に抱かれたくて準備していたんだ。
 勤め先ですぐにでも挿入れられるように
 ローションを仕込んで、君を引っぱり込んで……」

 ガラムに見られまいとしてか、胸に押し当てられるラダの顔の回りが熱い。まさか、泣いているのか、と覗き込んだガラムを頑なに避け、ラダは隠しきれない涙声で続ける。

「……儀式で、あんなにひどいことを君に強いて、
 それなのに私は、逆なら良かったのに、と
 ずっと男に抱かれてきたんだ」
「ラダ。そんな風に言うなよ。
 俺にとっては今のとこ生涯ただ一回のセックスで、
 忘れられないほどかったから、の今なんだ」

 男に抱かれてきた、というラダに嫉妬を覚えないと言えば嘘になる。だが島にいた時ですら感情の揺れを隠していたラダが、今夜のガラムを求めて、涙まで見せている。腹の底から湧き上がる熱がこの目の前のラダを悦んで、理性を食らいつくそうと蠢きガラムを苛んでいた。

「なあ、ラダ。それじゃあ教えてくれよ。
 俺、挿入れるのはしたことないから」
「そ、うなのか?
 私は、ずっと……いつ君が妻子の話をしても
 泣かないようにしなければと……」
「ばか、何言ってんだ。
 産んだんでも産ませたんでもない子どもはいるけどさ」

 合わせるたびにそっけない顔の裏でそんなことを考えていたのか。たまらない気持ちになり、ガラムはそっと、だが抵抗を許さずラダの顔を上げさせる。涙にまみれても美しい、常より体温を感じさせる分ガラムの興奮を煽るその顔中にキスを落とす。

「ん、ん……っ、このまま、立ってする……?」
「んっ、あ、ぅっ……おま、初心者相手に…っ!」
「ふふ、そうだな。
 じゃあ、今回はベッドで、な」

 片時も離れがたいようなキスを交わしたまま、ラダは器用にガラムの服を脱がせ、落としていく。ガラムよりは枚数の多い自らの着衣もいつの間にか脱ぎ去って、軋みを上げてふたりベッドに乗り上げた時にはお互い下着ひとつになっていた。

「っ、う、あ……っ!」
「ガラム、ってる」
「そりゃ、ちもするわ!
 あんまり保たなそうだから触んな……っ」

 引き下ろされた下着から勢いよく飛び出してきたガラムのペニスを愛おしそうに擦って、ラダは「一回っておいても構わないんじゃ?」と囁いた。

「あ……っ、あっ、や、め……っ!
 もったいな、いだろ……っ!」
「もったいない?」
「こんなひとりで抜くのと変わらないんじゃなくて!」
「……ん、ふふ。私のナカで、きたい?」
「……ん……」

 からかうように目をきらめかせ問うラダに、ガラムは素直に頷いた。一度射精してしまったら、再びラダの身に分け入れる程勃起するのかという不安をガラムは感じている。最も性欲が旺盛であっただろう時期に活用されなかったペニスは、上手く機能するのだろうか。

「ガラム、あと少しだけ触らせて」

 ラダの声にその手元をみると、いつの間にかペニスにコンドームが装着されている。

「いつか、生で挿入れてほしいけど」
「今日はダメなのか……?」
「……次を、いつかを、したいことを決めておきたい。
 君が、私とまたしたいと思ってくれるなら」

 寂しげに微笑うラダを見ていたくなくて、ガラムはまたキスを仕掛ける。身体に乗り上げ、押しつぶすようにゆっくりと体重をかけると、ラダは両脚を開きガラムの腰に回す。

「ぁ、んんっ……ガラム、そのまま、来て……」
「う、ん、あっ……っ!」

 ラダの手に誘導され、薄い皮膜越しの亀頭をひくつくアナルに押し当てられる。そのまま、とラダが促すままに、ガラムは恐る恐る腰を進めた。動きを助けるようにラダは脚でガラムを引き寄せる。

「だ、いじょうぶ、か……?」
「は、あ……っ、はやく、奥まで挿入れて……
 途中で止められるの、つらいんだ……っ」

 揺れるラダの声にあわててガラムは更にペニスを突き入れた。迎え入れられたラダの内壁は搾り上げるような動きを不随意に起こし、ガラムは射精感をこらえるのに苦心する。

挿入はいっ、た……」
「ん、んっ……ほんとの、ガラムが私のナカにいる……」

 呟いて、ラダは四肢を総動員してガラムにしがみついてきた。ぎゅうぎゅうと、わずかでも離れるのが耐えられないとばかりに抱きつくラダの、その身の内にペニスを喰われているガラムはどうしていいか分からない。

「ラダ……泣くなよ。
 俺、下手にしてるか……?」
「ち、が……っ! だって、ずっと……
 今日だけは、泣くのを許してほしい」
「痛いとか、辛いとかじゃないならいいけどよ」
「そうじゃない、嬉しくて……
 私のナカ、悦んでるの、分かるだろう?」

 確かにラダがしゃべる度、内壁はガラムをさらに奥へと招くように包み込む。これがラダの言う「悦んでる」なら……。

「ラダ……俺、動いていい……?」
「うん、身体がぶつかって音がするくらい、
 勢いよくして……揺すって、叩きつけて、
 私のナカでって」

 答えはもう、言葉にはしなかった。