八重のジュプンで作った香油はこれだけで足りるだろうか。キリはカナンとふたり、並べた瓶を前に頭を抱える。
「儀式の最中は香油焚いとかなきゃいけないんだろ?
どっちかっちゃそっちに回してさ」
「あー……うん、そうだな……。
足りなくなったら身体に使うのは普通の、
でもしょうがないよな」
一晩中の交わりで島を永らえる儀式の直前にしては世俗的な心配を口にしている。そう思うものの、まだ日も落ちきらない今時分から儀式のことで頭の中を埋めてしまうのが怖い、とキリは思う。恐らくはカナンも同様なのだろう、ことさらに日常のこまごましたことを気にかけ、しゃべっているように見える。
「普通の香油、試しに少し焚いてみないか?
最中に置いておく場所も考えないといけないし」
「え~……、キリ、それは、さあ……
そりゃ煙かったりしたらやだけど、
儀式の最中に焚く、ってのはさあ……」
「? ああ、もちろん蹴倒すような近くには
置かないようにしないといけないだろうけど」
「違うよばか!
最中に焚く香油、ったらなんか、その、
やらしい気分を高めるやつなんじゃねえの……」
顔を赤らめながら俯きつぶやくカナンの、言葉の意味が理解できるなりキリにも赤面が移る。言われてみればその通り、本番の儀式の最中には八重のものが指定されているのはつまりそういうことなのだろう。
「ご、めん。気付いてなかった」
「や、うん……だとは思った、けど」
今はまだ健全な空気を保っておきたくて持ち出した話が逆効果になってしまった。キリは内心慌て、焦って話題を探す。
「カナン! あの、そうだ、
ガラム兄! 今晩は島にはいないって」
「キリ……何言ってんだ、大丈夫か?
おれも一緒に聞いてただろ、それ」
呆れ顔で一蹴されてしまった。
心なしか頬を染めながら「儀式の晩に悪いけど、当事者以外は居てもしょうがないからな」とガラムは街行きの予定をふたりに伝えてきた。ガラムがわざわざ事前に話して街に行くようなことは初めてだ。一晩泊ってくる予定からしても、仕事などではなくラダに会いにいくのだろうと見当がついた。
「ガラム兄もさあ、やっとおれらから
手が離れて……自分の時間を持てるように」
「そうだな。やっと、なんだな」
ラダと会ってみて、そしてあの夜のふたりの様子からして疎遠の直接の原因がキリとカナンの世話ではないだろう、とは思う。だが今夜儀式があることを、ガラムがきっかけ、ラダに会いに行く口実にしたのなら、間接的に少しは役に立てたような気がするのだ。
「ラダさん、が教えてくれたじゃん。
聖獣と魔女が、儀式までになるべく馴染んどけって」
「ん? うん」
「八重のジュプンをふたりで探して、
儀式に使う香油を作り置きしろってのも
もしかして同じ理屈なんじゃないか?」
ガラムを慮りながらも感涙にむせぶ泣き真似で茶化していたカナンが、唐突に気付いたように呟く。
「おれらは別に、その前から一緒にいたし
もっとよく馴染むようなこと
いっぱいしたけどさ。
同い年の子どもが島に大勢いた頃は
儀式までに八重のジュプン探しで
仲良くなっていったのかも」
「そう、かもな。
だけど、上手く見つけられない時は
かえって喧嘩にならないか?」
「そこは『喧嘩するほど仲が良い』ってことで」
他愛のない話をして、いつもの毎日と変わらないような顔で。儀式をやり遂げても、この状態が何も変わることはないと信じている。
「……なあ、キリ。
もう八重のを、焚いてもいいよ」
「カナン……?」
「は、早めに始めてダメってこともないだろ!
なんか、もうどうやったって儀式のこと
考えちまうし……」
「俺も、だけど。
今から始めたら長くなりすぎるんじゃ……」
「ゆっくり、時間かけてすればだいじょぶだろ?
腹が減ってるの忘れたいしさ!」
頬を染めて、目を鮮やかに彩って、カナンは誤魔化すように笑う。儀式の決められた手順として、魔女であるカナンは昨日の夜から絶食を強いられている。本来は魔女のみの務めではあるが、その理由は性交に使う部位を清浄に保つためだろうと予測しキリも絶食に付き合った。儀式の交わりが済み次第カナンに内奥を明け渡す覚悟がある、と示したかったのだ。
「わかった。
ろうそくを下に置いて、
この皿の上に香油を……? だっけ?」
「うわ、キリ!
ろうそく、たぶんその長いのじゃねえだろ!」
「あ、そうか。
これじゃ入らない……」
「わー! だからって折るなよ!
なんかそれ用のやつないのか!?」
結局儀式にかかる腹を括った後のほうがばたばたしている。温められた香油から甘い香りが漂いだすとキリはひとまずほっとして、何故か涙目になっているカナンと唇を合わせた。
◇◇◇◇◇
「……んで、どう? なんかムラムラする?」
「わからない。
目も、そんなには強い色になってない、よな」
香りは確かに部屋の中を満たしているが、それによって何かが引き起こされている感じはしない。身体に用いている時のほうが鼻に近い分香りも強く、お互いを触る時の記憶、感触と密接に結びついてそれらしい作用を感じるほどだ。
「ろうそくの火と合わせて雰囲気づくり、とか
あとは……虫除けとか?
やってる最中に虫が入ってこないように」
「そうだな……。
じゃあ、一回消しておくか」
寝台に上がって、何となくお互いの身体を撫でまわしながら儀式に入ったとはとても言えないやりとりを続けている。強いて言えば気分が落ち着いて穏やかになっている、のかもしれないが……。
「キリ、まだ儀式、始めるのは嫌か……?」
「え? 嫌、なんて、そんな訳」
ろうそくを消しに立ち上がろうとしたキリの腕に手をかけ、カナンが制止した。少し驚いてキリはカナンの顔を覗き込む。上目遣いにキリを見返すカナンの顔はわずかに上気し、目の色は鮮やかさを増していた。
「カナン、もしかして効いてるのか……?」
「わかんない。香油じゃない、と思う。
くだらない話してるのに、
寝台でおまえの声聞いてたら……」
言葉を切ってカナンは下肢を擦り付けてきた。儀式用に、と渡された、外では使えないような薄く透ける腰布越しに兆しを感じキリは目を瞠る。
「あ……ん、んっ……」
半ば身を起こし寄りかかった体勢から、キリはそっとカナンの肩を押し寝台に横たえた。あまり押しつぶさないように覆いかぶさり唇を塞ぐ。戯れるように幾度か音を立てて吸い、カナンを見つめた。ここから先は、もう儀式の交わりだ、と伝えたかった。
「キリ、あのな、おれ儀式では
ずっとしたかったことがあって」
「ん? 俺に?」
「キリに、っていうか……キリの、ちんこに」
「……うん?」
思わずカナンの顔を凝視してしまったが、カナンは至って真面目、というより情欲をにじませた顔で囁き続ける。
「口で、その、しゃぶるやつしたい……
陽の気が入ってきちゃうからダメって
言われてただろ」
「え、や、そんなこと、……ほんとに……?」
「それで、おれがしゃぶってる間
キリが後ろ準備してくれたら、
すぐ挿入るんじゃないかなって」
ゆっくり時間をかけてする、と言ったのだからすぐ挿入るようにと考える必要はない。キリはそう感じたものの、カナンの口が性器をしゃぶる――口で愛撫されるという誘惑には勝てなかった。
「どう、すればいい……?」
「ちょっと足開いて、だらっと寝てて。
んで、俺がこう、上に乗るから……」
言いながらカナンが尻をキリの顔のほうへ向け乗り上げてくる。薄布越しに褐色の肌色が透けてみえる様は香りの何倍も直接キリの興奮を煽ってきた。
「カナン、ちょっと待て。
香油、用意するから……!」
「もう、早くしろよぉ……。
布、取るな」
カナンには薄布の効果が特になかったらしい。愛想もなくさっさとキリの腰から剥ぎ取って、少し硬度を増してきただろう性器にいたずらを仕掛けてくる。気が気ではない状況でキリは枕元に作られた棚に並べて置いた、八重のジュプンを漬けた香油の瓶を手に取る。今日で使い切ってしまえばいいのだからけちることもない。
「ん、香油取った。
カナン、……いいよ」
声をかけるなり両手でキリの性器を包み、カナンは先端を唇でやわやわと食むように触れはじめた。敏感なところを温かく湿った器官で刺激されてはすぐにまともな思考が飛んでしまう。キリは慌てて手のひらに香油を垂らし、指ですくって尻の穴、その入り口のふちに塗り込める。
「キリ……そのまま、解していける?
おれ、もっと……いっぱい咥えたい」
「やって、みる……
だけど射精るとこまでするなよ」
「なんで? 陽の気を受ける、ってんなら
射精たのを飲むとこまでだろ」
「だって、カナン……嫌じゃないのか?」
驚いて問うキリに行動で答えるように、カナンは唇でしごく動きで更に深々と咥え込んだ。カナンの口の中で蠢く舌を這わされ、キリは一気に体温が上がったような錯覚を覚える。高く持ち上げ、キリの目の前に来るようにさらされた窄まりにゆっくりと香油をまとわせた指を挿し入れていく。張形で拡張する合間には内奥を指で探り、カナンの悦ところを探り当ててきた。心得たキリの愛撫ですぐにやわらかくほころんで、指を奥へ取り込もうとする内壁の動きすら興奮に直結する。
「んっ、ん、はっ、んむ……っ」
「あ……んっ、んんっ、いい……っ!」
指や手のひらとは全く違うカナンの口は見る見るうちにキリを絶頂に追いやっていく。ずっとしたかった、という言葉通り、カナンは夢中で口での愛撫に勤しんでいる。苦痛ばかりではないのか、口を使いながら漏れ聞こえる声は快感の甘さを帯びてきていて、キリはますます熱が下肢に凝るのを止めようがない。
指で探り解す窄まりの向こうで、カナンの性器も勃ち上がり先走りを滴らせ震えている。今は、儀式の最中はカナンがしてくれるのと同じことはできない。だが精液さえ体内に取り込まなければ問題ない、んじゃないか? キリは熱でぼやけた頭で思いついたことを実践するべく、そっと内奥を探っていた指を引き抜いた。
「あ、んっ、キリ、やだ、あっ……
もっと指、して……っ」
口を性器から離し、振り向いてカナンが訴えてくる。まぶたに影響が出ているように見えるほど、その目は強烈なピンクに染まりキリを射抜いた。指よりもっと近く、深くカナンの身体を愛したいのだ。途中で放り出すのではない、と安心させるべく蕩けて浮つきだした意識からなんとか笑顔を作ってみせる。すべらかな尻の肉に手のひらを這わせ、少しだけ力を込めて割り開く。不安そうにうかがうカナンの目を意識しながら窄まりに舌を伸ばし先を中に潜り込ませた。
「!? や、ばか、キリっ!!
やだやだやだっ、何してんだよ……っ!」
動揺し逃げようとするカナンの太腿を抱え込み、更に深く舌を潜らせる。ひくっ、ひくっと舌を中に取り込むような粘膜の動きは深い口づけにも似て、キリはますます舌を動かすことに熱中した。激しく抗議の声を上げていたカナンはいつしか完全に脱力し、キリに体重を預けて喘いでいる。口は完全に離してしまって半ば意地でおざなりにキリの性器を扱く手も力なく、その哀れとも言える感じようにキリは耳の奥の血流を音で感じるほど興奮する。
「ひ……っ、あ、あ、あんっ、や、あぁ……っ!!」
舌を抜き挿ししながら性器、陰嚢、そして穴のふちも手で撫でまわし、キリはカナンを高めきった。ひと際高い喘ぎを切れ切れに漏らし、カナンは射精しながら弛緩する。
「……っ、は、はあっ、はぁ……っ、
キリ、おまえ明日覚えてろよ……っ!」
「明日いくらでも仕返ししていいから。
カナン、もう挿入れたい。
お前と繋がりたい。
お前の中、深いところで達きたいんだ」
「ばーか、早くそう言えよ!
べろで変なことしてないで……
おれだって、ちんこでイきたい」
荒くなった息を整えながら、カナンはキリの身体から退いて向きを入れ替える。
「カナン、後ろから……?」
「ん、後で前から、口も繋がりながらしてほしいけど。
最初一回、挿入りやすいので挿入れて」
「わかった。じゃあ……挿入れる」
半端に勃ちあがったままの性器にキリは手を添え、カナンの香油と唾液でぬめる窄まりに押し当てた。亀頭に入り口から、カナンの早い鼓動が伝わる。今日まで張形で徐々に拓き、慣らしてきたカナンのそこ、今キリの舌で解かれたばかりの穴はさほど苦も無く熱い昂りを受け入れ呑み込んでいく。
「ぅ、あ、あぁ……っ!
キリぃ、も、全部挿入った……?」
「ん……根本、当たってるの分かるか?」
「あ……ん、なんか、毛が当たってる」
声に笑いが混じるカナンを後ろから抱きしめて、キリは首筋に唇を這わせた。この姿勢をとったからといって動物の交尾のようにカナンの身を穿ちたくはない。まる一晩かける交わりは始まったばかりだ。カナンの内奥がキリの昂ぶりに添うまではゆるやかに、と理性の手綱を引き締める。